5年3カ月間大阪で過ごした後、私は新潟へと異動になります。この異動が、野村證券で働くことに疑問を感じるきっかけにもなりました。

私が新潟で配属されたのは、ウェルス・マネジメント部門という、お客様である会社の経営者の中でもトップクラスの人たちだけを担当するチーム。当時、私の担当は15世帯しかありませんでしたが、お預かりする額は1世帯あたり10億円超といったクラスの方々がお客様でした。そんな重要なお客様のお相手をするわけですから、損得ではなく、「どうすれば数多ある金融機関の中で野村證券がその方々のそばにいられるか」を考えるのがミッションの部門でした。

仕事の内容も、金融商品を提案することだけではなく「その方の事業や財産をどう円滑に次の世代につなぐか」「お客様の会社が伸びていくために、どのような戦略を取る必要があるか」などを一緒に考えるといったものでした。いかに、その方々にとって良い相談役、頼れる相手になれるかが重要でしたし、私もそのために、全力を尽くして努力しました。

お客様のためになることを本気で考えて対応をしていると、売買による手数料収入はそう上がるものではありません。それどころか、野村證券には一銭も入らないような提案やお手伝いも非常に多かったように思います。それでも、本気で親身になって対応すればお客様は喜んでくださるし、ファンで居続けてくれる。そのようにして信頼を得ていることで、5年後10年後、いつか野村證券との大きなビジネスにつながるかもしれない。そのためにお客様のそばにいることがミッションだったはずでした。目先ではなく、双方の将来のために動く役割であると誇りを持っていました。

ところが、アベノミクスが始まり、株の売買が活発になり、野村證券でも手数料収入が上がり始めました。新人であっても手数料収入を得てくるようになった時に、急に上司から「お前も手数料稼いでこい」と言い始めたのです。

信じられませんでした。それは私のミッションではないし、今までの対応でお客様からの信頼を得ている実感もあったからです。それなのに、急にこちらのタイミングで金融商品を勧めたりしたら、それまで培ってきた信頼を一気に失ってしまいかねません。とんでもないことです。ご提案することが悪いのではありませんが、優先順位が違うと感じました。

サラリーマンとして働く以上、コストばかりかかる社員であってはいけませんが、目先に拘るがあまり、お客様や会社の将来の選択肢を狭めるような、そんな人間でもあってはいけないと思いました。

私は過去の経験から、「手数料収入を上げろ」と言われればできたかもしれません。でも、今の自分のミッションはそんなことよりも、もっと尊く、レベルの高いことを求められていると思っていたし、それに応えようと頑張ってきたつもりでした。それなのに、目の前の手数料を求めてくる会社に「結局はそれかよ」と失望する出来事となったのです。会社が何と言おうと、「自分を信頼してくださっているお客様のことを裏切るようなことは、絶対にしない」と心に決めていたので、手数料目的で商品を勧めたりするようなことはしませんでしたが……。

同じ頃にもう一つ、野村證券での働き方に疑問を感じる出来事がありました。それは、どれだけコミットしても動いてくれないお客様がいたことでした。その方は新潟でも有数の上場企業のオーナーでした。真摯に対応してきたのに心を開いてくださらないお客様に対し、思わず「なんでここまでやっているのに」とぶつけたことがありました。すると、「あなたはいずれ転勤してしまうでしょう」と言われたのです。

「あなたのことは信用しているよ。だからあなたには内情を話してもいい。でも、あなたが転勤する際、きっとあなたは私から聞いたことを次の担当者に申し送りするでしょう。でも、次の人を私が信用できるかはわからない。それなのに、自分の胸の内を会社に残されるのは嫌なんだよね。だから、私は転勤する人には本心を話さないようにしているんだ」。 そう言われて、私はぐさっと胸を突かれる思いをしました。しかし、「もう私の努力ではどうしようもないところまで来てしまった」とも感じたのです。同時に、「この仕事を本気で取り組もうと思ったら、お客様にシンクロするための時間は絶対に必要だ」とも思いました。数年だけしかお付き合いできないのに、こちらの都合の良いビジネスをしようなんて虫がいい話。「本気で、一生のお付き合いをしていく覚悟が必要だ」と考えるようになったのです。

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