そもそも私が証券マンになったのには、大きな理由はありません。私は、九州大学法学部に在籍し、アメリカンフットボール部に入って部活に明け暮れていました。そもそも法学部に入ったのは、ドラマの「踊る大捜査線」で柳葉敏郎さんが演じる室井管理官の「てっぺんから組織を変えていく姿勢」に憧れたから。「俺は室井さんになる!」と警察官僚を目指していたのですが、試験の難しさから警察官僚になることは早々に諦めて、一般企業への就職活動に切り替えていました。

就活を始めたといっても、これといって成りたいものも明確にないまま、さまざまな企業の人事担当の方と会っていた私。そんな私に喝を入れてくれた人がいました。それが、野村證券の人だったんです。

その人からは、「お前、本当はやりたいことなんかないんだろう」とズバッと言われました。おっしゃる通りで「後ろ指刺されるような生き方はしたくない」とか、自分が大事にしていた「フェアな精神で働けるところに入れればいい」といった程度で、特に指針もないまま就活をしていたのです。

その人は証券会社の仕事についていろいろ話してくれました。

金融の知識はどの会社に行っても必要であること。野村證券の名刺を持っていたら、若造でも社長クラスの人たちと会えること。その人たちから、本に書かれていないような努力の声を生で聞けること。そして、最後にこう言いました。「とにかく、30歳くらいまでに詰める経験値は、野村證券は爆発的に高い。30歳になったときに、同級生よりも圧倒的な人生経験と実力がついている。だから、いつ辞めてもいいからお前が本物になるために、うちで修行しろ」と。

福利厚生や給与ではなく、「生き方」についてとことん詰められた。それが響いて、私は野村證券への入社を決めたのです。

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